無始仏の論理その2。

要法寺日辰上人の釈尊観

『開迹顕本法華二論義得意抄』の「寿量品」を中心にして。


「本果の如来は修因感果なるべき事は、金言の経文に拠り、天親の論文に拠り、解釈の枢鍵に任す処なり。」(宗全3・268頁)

「無因得果は外道の見計なり」(268)

「久修業は本因、所得は本果なり。修因感果なる事分明なり」
(270)
「本行菩薩の積功累徳の修行に依って本果の妙悟を得と云う意なり。」(271)

と云って、久遠釈尊は修因感果の仏であるとしています。


「本果妙の釈尊、昔し本因妙の時は、理即名字即の凡夫なり。
理即の時、初めて妙経を証得す。其の証得の位は名字即なり。是れを名字童形の位の釈迦と云うなり。

此の名字の釈迦、五種に之れを行じ、他人の為めに之れを説き、之れを行ぜしむ。

自身、修行の功徳に依って、観行・相似に昇進し、初住の位に登り、身皆な金色三十二相の大菩薩なる処を、経に『我本菩薩道所成寿命今猶未尽復倍上数』と説くなり。」
(268)

と云って、理即名字即の凡夫より菩薩行を修して開覚した仏としています。


「もし一迷先達の譬えに約する時、一迷の盲人、天然と先ず善路に達せり云々。然からば一迷の理即の釈迦、天然と先ず妙経を達る時を名字即と云うなり。此の義に依る時、理即の釈迦、妙経を得、妙経を得る時を名字即と云うなり。是を爾前迹門に於いて説かず、寿量の本因の経文の文底に於いて之を説く、故に奥蔵に譬えるなり。」(宗全3・神力品405)

と云っています。

これは
「一人の迷っていた者が、自ずと善路を見つけ得たと云う譬えがあるが、まだ迷いの状態にあった理即の釈迦が、自ずと妙経を悟る初期の段階に至った時を名字即と云うのである。この事は寿量の文底に説かれている義である」
との意味です。

「凡そ本因と云うは諸仏第一番の仏果の因位と云う義、本果と云うは諸仏第一番の仏果と云う義なり」
(275)

「寿量品を以て本果の釈迦を見る時、諸仏第一の如来なり。此の本果の如来に因位を立つる時は本因の名字に於いて本師の仏有りと云うべからず」(351)

久遠の釈迦が開覚者の初めであるとし、

「若し本因已前に一仏を立つる時は、義理不順の難、雲の如し」
(274)
と、久遠釈尊の前の先仏を認めて居ないようです。

また
「若し本果の仏、自然覚了ならば、報身と名づくべからず」
(270)
と云って、久遠釈尊は自然覚了でないとし、

「若し本有の仏界を立てる時は、本因の希奇を失う。
是の故に、本門なりといえども本有の仏界を立つべからず。本門に於いて本有の菩薩界を立つべからず。」
(271)

と云って、菩薩行無き自然覚了の本有の仏界を立てると、本因行の必要性が無いことになると指摘しています。


「其の故は、本行菩薩の初住は住前の修行に依る。住前に理即・名字・観行・相似之れ有り。

その理即・名字の間に、初めて本因の釈迦妙法蓮華経を修得す。故に本因の菩薩の最初は人界なり。

此の本因の釈迦の名字即に在って、妙経を説き玉ふ。之れを聞く信心強盛の所化は上行等なり。

此れを聞いて初めに化他を先とし自行を次ぎにする一類、三類の強敵に逢って、化他の心を退し自度に住す、此の一類は二乗なり。

仍って本因本果の声聞・縁覚・菩薩・仏の四聖は、本因の名字釈迦童形の自行化他を最初と為すなり。」
(272)

と云って、最初人界の名字即の釈尊が修行して、妙経を証得し、上行等を教導し、菩薩が存在するようになり、その中の退心の者が二乗となり、声聞・縁覚・菩薩・仏の四聖が存在するようになったとしているようです。

「本門と雖も修行に依らずして、本有の菩薩界有りと成じ難し。・・・若し本有の菩薩界を立てれば自ずから本因妙の理事・理教・教行を破するなり。若し本有の仏界を許さば自ずから本因妙を破するなり」(345)

と云って、本有の菩薩界や本有の仏界の在ることを認めないようです。

「性徳の三身に本覚の名有り」(279)
と、性徳の三身を本覚の三身と云うことがあるとし、

「十如是抄に『我身三身即一の本覚の如来』文。蓮祖、性徳の十界の実相に於いて本覚の名を与え玉ふ。また五百塵点に非らず」
(280)

と、『十如是抄』の「本覚の如来」という言葉があるが、これは性徳の三身を本覚の如来と名づけているのであって、この場合の本覚の如来とは修因感果の仏ではないとしています。


久遠の昔に凡夫であった釈尊は開覚成道したと立てていますが、最初一番の仏としているので、三世十方の諸仏の根本仏と云う仏格は
維持されていると思います。また「修因感果でない本覚仏は認められない」との天台宗の証真の本有本覚仏否定論の対象にならない見解です。


涌出品の項には、

「本果の釈尊、昔本因の位に在って教化し給う処の菩薩なるべし」(宗全3・涌出品244頁)
とあって、「釈尊が本因の位(修業位)にあった時に教化したのが上行菩薩なのである」としています。

また、
「上行等は是れ釈迦の本因妙の弟子なるが故に、果位に登るべしと雖も、旦く、久遠の師弟相を顕わさんが為に、菩薩の尊形を示し、因位に居る返を本因妙の上行と云うなり」(宗全3・247頁)

また、
「上行は師弟の高下を顕さんが為め、且く菩薩地に止まり、本因の弟子の装いを示すなり。ここを以て本因上行と云うなり。」
(造仏論義・宗全3・454頁)
と云って、

「上行はすでに果位に登る資格はあるが、上行は釈迦の本因妙の(修行時)時に弟子となったので、久遠の昔からの弟子の立場であることを顕わす為に、因位の菩薩の尊形を示しているのである。それで本因妙の上行と云うのである」
との意をのべています。


『開迹顕本法華二論義得意抄巻三』の「五百品」の項に

「是れ一仏二名なり」(宗全3-151)
と「一仏二名」の言葉が出て来ますが、

「化の色相(資格・姿)は所化の程度によって異なる姿で応じる(取意)」とし、

「下種の時には上行菩薩は凡夫に示同して凡夫の姿で弘宣し、所化の機根が観行・相似即の場合には上行菩薩は菩薩身或は仏身を現じて弘宣し、所化の機根が初住の場合には上行菩薩は釈迦の仏身を採って寿量の妙経を説く(取意)」
と述べ、上行菩薩が釈迦の仏身を現じる場合を指して「是れ一仏二名なり」と云っています。

菩薩も初住位に成ると仏身を現じる事が出来るとされているので、高位の上行菩薩は所化の機根に応じて釈迦の仏身を現じ説法する場合も有り得るので、その場合の釈迦の仏身は釈迦とも上行とも呼べるので「是れ一仏二名なり」と記しているのでしょう。

また「寿量品」の項に、

「下種の法華経に教主あり。教主に三人有り。三人とは本因本果総在の自受用報身如来、上行、日蓮なり。此の三人の中に於いて、本地垂迹を論ずる時、報身は本地なり。上行日蓮は垂迹なり。本地垂迹不同なりと雖も、下種の教主と為す事決定なり(宗全3-354)
と、一仏二名論的箇所が有りますが、

355頁

「寿量品の三世益物の経文に約し、『或説己身・或説他身・名字不同』の経文に依る時は、上行蓮祖は是れ報身の垂迹なる事分明なり」

と述べているので、寿量品の「或説己身・或説他身・名字不同」の思想に基づいた見解です。

この文に続いて

「垂迹の上行蓮祖を取って、本地の本果の報身を捨てる事は、譬えば水月を愛し、天月を蔽(おお)ふが如し(取意)」(355頁)

と、「本果の釈迦は身皆金色の脱益の教主であって下種の教主ではない」とする一仏二名論の誤りを指摘しています。

「或説己身・或説他身・名字不同」の経文に依れば一仏二名とも言えるが本地を劣として垂迹を勝と考えることは誤りであると、云わんとしているのでしょう。

菩薩であっても初住位に昇進すれば仏身を現じることが出来ると云う通説と、六或示現とに依れば一仏二名も言い得ると云う立場のようです。


上行菩薩の師である釈迦のことを

「久遠元初の自受用報身如来なり。是は本果妙の釈迦の事なり」(宗全3・300頁

と云って、久遠元初の自受用報身如来とは、本因行に報われた本果妙の釈迦の事であるとしています。

『造仏論義』には

「本因本果は、上に云うが如く、一仏の上の因位果位なる故に、別仏別菩薩の因果とは意得べからず。」(宗全3・444頁)

また、
「本果報身の外に本因有らんや」(宗全3・446頁)

と、本因妙位と本果妙位とを別体的なものと考えて、本因妙は本門で勝れ、本果妙位は本門の上の迹門であるなどと云う見解の誤りを指摘しています。



久遠元初の自受用報身如来の本果妙の釈迦とインド応現の釈尊の関係については

「伽耶始成の釈尊は我は是れ本果の如来なりと名乗り玉う事は実義なれども、其の仏体は迹中の尊容にして而も本果の仏身なるが故に、是を今日の本果と云い、応仏昇進の自受用報身と云うなり。」

「今日の本果とは応仏昇進の報身の事なり。実に本果に於いて二無く唯一の本果なり。しかるを今日の本果と云うは伽耶始成の釈尊の我は是れ本果の如来と顕本し玉う義なり。今日の本果(インド応現の釈尊)は、本果の報身(久遠元初の自受用報身)の垂迹なるが故に応仏なり」
(宗全3・300頁)

と云って、本果に変わりはないが、インド応現の釈尊は久遠元初の自受用報身如来の釈迦の垂迹・応仏であるとしています。

以上のように、日辰上人は、久遠元初においても自受用報身如来の釈迦が師、上行菩薩が弟子であったと捉えています。

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