梵天王の帰依ー創造神否定

『大悲経梵天品第一』

千世界主梵天王、三千世界主大梵天王、高心自ら恃み是くの如き念を作す、是くの如き解を作す。
「此の世界及び諸の衆生を念ふに、是れ我の作る所、我の化する所」と。(乃至)
仏に白して言はく「唯だ願わくは世尊、我に教勅せよ。云何が住し云何が修行せん」と。
是の語を作し已わって、如来即ち大梵王に問うて言はく「梵天よ、汝今実に是の如き念を作す。[我れは是れ大梵天なり、我れ能く他に勝る、他は我の如くならず。我は是れ智者なり、我れは是れ三千大世界中の大自在の主なり。我れ衆生を造作し、衆生を化作す、我れは世界を造作し世界を化作すという]と」
大梵王の言はく「是くの如し。婆伽婆、是くの如し。」と。
仏言たまう「梵天よ、汝じ復誰の作る所と為す、誰の化する所と為すや」と。時に彼の梵王黙然として住す。(乃至)

故に復た問うて言たまふ「梵天よ、有る時は三千大千世界は劫火の為めに焚焼焰熾洞然(ふんしょうえんしどうねん)す、意に於いて云何。是れ汝じが作す所、是れ汝じが化する所なるや」と。
時に大梵天仏に白して言わく「不(いな)なり、世尊」と。
仏の言わく「梵天よ、此くの如し、大地は水聚に依りて住す、水は風に依りて住す、風は虚空に依る。是くの如く大地の厚さ六百八十万由旬にして裂けず散ぜず(乃至)是れ汝の所作、是れ汝の化作なるや」と。
梵天の言わく「不(いな)なり」と。
仏の言わく「梵天よ此の三千大千世界百億の日月流転の時(乃至)是れ汝が所化なるや」と。
梵天の言わく「不(いな)なり」と。
仏の言わく「有る時、日月天子宮殿に在らず、宮殿空虚なり(乃至)是れ汝の所作なるや、是れ汝が化する所、是れ汝が加ふる所なるや」と。
梵天の言わく「不(いな)なり」と。
仏の言わく「是の如き春秋冬夏の時節、意に於いて云何。是れ汝が所作、汝の所化、是れ汝が加(くわ)うるなるや」と。
梵天の言わく「不(いな)なり、世尊」と。
仏の言わく「梵天よ、是の如き水鏡蘇油摩尼玻瓈及び余の浄器は諸の色像を現ず、所謂、大地山河樹林園苑宮殿舎宅聚落城邑駝驢象馬麞鹿鳥獣日月星宿声聞縁覚菩薩如来釈梵護世人非人等種々の色像は梵天意に於いて云何、是れ汝が所作、是れ汝が所化、是れ汝が加うる所なるや」と。
梵天の言わく「不(いな)なり、世尊」と。
仏の言わく「梵天よ、是くの如き山崖深谷、大小諸の鼓歌舞等の戯れ、麞鹿鳥獣人非人等の出す所の音声は、梵天よ意に於いて云何、是れ汝が所作、是れ汝が所化、是れ汝が加うる所なるや」と。
梵天の言わく「不(いな)なり、世尊」と。
仏の言わく「諸の衆生の如き其の夢中に於いて種々の色を見、種々の声を聞き、種々の香を嗅ぎ、種々の味を嘗め種々の触を覚え、種々の法を知る、種々の戯れ種々の帝哭呻号怖畏苦楽等の受を作す。梵天意に於いて云何、是れ汝が所作、是れ汝が所化、是れ汝が加うる所なるや」と。
梵天の言わく「不(いな)なり、世尊」と。
仏の言わく「四姓の人の如く端正醜陋貧窮巨富福徳の多少、善戒悪戒善慧悪慧、梵天意に於いて云何、是れ汝が所作、是れ汝が所化、是れ汝が加うる所なるや」と。
梵天の言わく「不(いな)なり、世尊」と。
仏の言わく「一切衆生の所有る怖畏苦切悩害、所謂水火刀風崖岸毒薬悪獸怨讐、人非人の畏れ及以び種々の害を加わう、他に於いて常に怖畏有り、梵天意に於いて云何、是れ汝が所作、是れ汝が所化、是れ汝が加うる所なるや」と。
梵天の言わく「不(いな)なり、世尊」と。
仏の言わく「衆生の所有の種々の疾病、所謂風冷熱病及び諸雑病、時節代謝の四大相違、若しは他の所作、若しは先業報、所謂耳鼻舌身の病、若しは復た衆生の種々の心意熱悩等の苦、梵天意に於いて云何、是れ汝が所作、是れ汝が所化、是れ汝が加うる所なるや」と。梵天の言わく「不(いな)なり、世尊」と。
仏の言わく「衆生の所有る広野嶮賊水火等の難、或いは復た中劫の刀兵疫病及以び饑饉は梵天意に於いて云何、是れ汝が所作、是れ汝が所化、是れ汝が加うる所なるや」と。
梵天の言わく「不(いな)なり、世尊」と。
仏の言わく「衆生の所有る愛別離苦、所謂る父母兄弟姉妹宗親善友離別の苦は梵天意に於いて云何、是れ汝が所作、是れ汝が所化、是れ汝が加うる所なるや」と。
「衆生所作、種々の悪業、所謂る販売生口酒麯紫砿押油の具、若し大海広野険処に入り諸方に遊行し、若しは諸仙方術及び余の種々断事の法は梵天意に於いて云何、是れ汝が所作、是れ汝が所化、是れ汝が加うる所なるや」と。
梵天の言わく「不(いな)なり、世尊」と。
仏の言わく「衆生の作る所の種々の業道、是の業因を以て地獄畜生餓鬼人天の報を受くる、衆生の所有る若しは身口意の善行悪行及び世間の所有る十悪業道、諸の衆生に於いて都て慈愍無し、諸の苦悩を作す不利益の事、悪道に堕す因縁、所謂る殺生偸盗邪淫妄語両舌悪口綺語貪瞋邪見は梵天意に於いて云何、是れ汝が所作、是れ汝が所化、是れ汝が加うる所なるや」と。
梵天の言わく「不(いな)なり、世尊」と。
仏の言わく「衆生の所有る種々の苦事、所謂る斬首、其の手足を截り、鼻耳を刵劓し、節節支解、熱油の濯ぐ所、火炎熬煮、刀剣鉾矟斫刺、鞭打、牢獄に繋閉せられ、闘諍言訴は梵天意に於いて云何、是れ汝が所作、是れ汝が所化、是れ汝が加うる所なるや」と。
梵天の言わく「不(いな)なり、世尊」と。
仏の言わく「衆生作る所の淫欲邪行或いは母女姉妹持戒者を婬し、及び余の悪業は梵天意に於いて云何、是れ汝が所作、是れ汝が所化、是れ汝が加うる所なるや」と。
梵天の言わく「不(いな)なり、世尊」と。
仏の言わく「衆生の所有る種々の殺害厭蠱起屍呪術方薬鬼魅の著する所、及び余の種々の悪業方便断命因縁は梵天意に於いて云何、是れ汝が所作、是れ汝が所化、是れ汝が加うる所なるや」と。
梵天の言わく「不(いな)なり、世尊」と。
仏の言わく「世間の所有る生老病死憂悲苦悩無常法尽法変易法四姓の人に於いて忌み難かる所無し、能く一切愛する所厭ふこと無く種々の物、敗壊離散せしむ。梵天意に於いて云何、是れ汝が所作、是れ汝が所化、是れ汝が加うる所なるや」と。
梵天の言わく「不(いな)なり、世尊」と。
仏の言わく「衆生所有る貪瞋痴障結使纏縛及び余の種々の苦悩の縛する所、是の因縁を以て、諸衆生をして瞋怒迷惑心を堅著せしむ、故に無量種々の行業を造作す。梵天意に於いて云何、是れ汝が所作、是れ汝が所化、是れ汝が加うる所なるや」と。
梵天の言わく「不(いな)なり、世尊」と。
仏の言わく「所有る三悪趣地獄畜生餓鬼其の処の衆生は種々の事を為し、諸の苦悩を受く。梵天意に於いて云何、是れ汝が所作、是れ汝が所化、是れ汝が加うる所なるや」と。
梵天の言わく「不(いな)なり、世尊」と。
仏の言わく「一切所有る若しは種子の生、種子の生無き樹木薬草若しは水陸の生華果。香樹、種種の勝味甘苦鹹辛酸渋の味、諸の衆生の所喜不喜に随って損益を作すは梵天意に於いて云何、是れ汝が所作、是れ汝が所化、是れ汝が加うる所なるや」と。
梵天の言わく「不(いな)なり、世尊」と。
仏の言わく「五道流転生死成壊、所有る衆生の無明覆蓋、愛結と相応して馳走流転して始終知り難く、及び未来生死流転断たず、其の処の人天若しは魔若しは梵沙門婆羅門、此等世間、乱絲の如く纏縛し常に馳せ流転し、彼此往来す、此の諸の衆生は流転中に於いて求め出ることを知らず。梵天意に於いて云何、是れ汝が所作、是れ汝が所化、是れ汝が加うる所なるや」と。 梵天の言わく「不(いな)なり、婆加婆」と。
仏の言わく「汝何の因に従って是の念を作すや『此の諸衆生は是れ我が所作、我が所化、是れ我が加する所と』所有る世界は是れ我が所作、我が所化、是れ我が加する所なるや」と。
梵天の言わく「世尊我れ無智邪見を以て未だ顛倒心を断ぜず、故に常に如来の所説の正法に於いて聴受せず、故に我本と曽て是の如き悪見、是の如き悪説を作す。此の諸の衆生は是れ我が所作、是れ我が所化。所有る世界は是れ我が所作、是れ我が所化と。世尊我今還って復た仏に此の義を問う。所有る世界は是れ誰の作る所、是れ誰が所化す、一切衆生は是れ誰の所作、是れ誰の所化、是れ誰の加する所、是れ誰の力より生ずるや」
仏言わく「梵天、所有る世界は是れ業の作る所、是れ業の化する所、一切衆生は是れ業の所作、是れ業の所化、業力の所生。何を以て故に、梵天よ無明は行に縁り、行は識に縁り、識は名色に縁り、名色は六入に縁り、六入は触に縁り、触は受に縁り、受は愛に縁り、愛は取に縁り、取は有に縁り、有は生に縁り、生は老死に縁り、憂悲苦悩する故に是の如き大苦聚集有り。梵天よ無明滅すれば乃至憂悲苦悩滅し、更に作者使作者安置者無し、唯だ業有り法有って和合因縁するが故に衆生有り、若しは能く此の業法和合を離るれば、当に知るべし、是の人は則ち能く生死流転を遠離す。梵天よ是の如く世間業尽くれば煩悩尽く、苦尽くれば苦息む。是の如く出離すれば是れを寂定涅槃を得ると名づく (国会図書館デジタルライブラリー『大蔵経抜抄合巻四下』20~21紙)

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