『法苑珠林巻第八十六』に、撰述者道世が優れた懺悔文とし引用している曇遷法師撰文の『十惡懺文』を紹介します

  十惡懺文(曇遷法師撰文)

弟子某甲(ソレガシ)し。普く一切の法界の衆生の為。無始已來作る所の罪業を發露す。或は君親及び真人羅漢を殺害し。兵戈征討(ヘイカセイトウ)し鋒刃殺戮(ホウジンサツリク)し。禽獸(キンジュウ)を游獵(ユウリョウ)し蟲魚(チュウギョ)を網捕(モウホ)す。或は惡王と作()ることを經()ては、刑罰差濫(ケイバツサラン)し。乃(スナワ)ち含靈の性を蠢動(シュンドウ)に稟(ウケ)るに至るまで。凡(オヨ)そ諸の生類殘害殺傷し。及び猛獸鷙鳥遞(タガイ)に相ひ噉食(タンジキ)す。或は佛物法物僧物及び他の財寶を盜み。官に居り事に因て貨を納()れ財を受く。或は己(オノ)が室家に非して、外(ソト)婬穢(インエ)を行じ。親屬を簡(エラ)ぶこと莫()く、僧尼を避けず。橫(ヨコシマ)に愛憎を起つ、妄(ミダ)りに相ひ妬忌(トキ)す。或は虚詐(コサ)妄語をもて君親(クンシン)を誑惑(キョウワク)し。知らず見らずを知ると言ひ見ると言ふ。鬼神を憑託(ヒョウタク)して世俗を詭誑(キキョウ)す。或は讒諂兩舌(ザンテンリョウゼツ)もて二邊を鬪亂し。此の惡言を將(モッ)て彼に向て陳説し。彼の惡語を持て復た此に向て論じ。君臣を阻隔(ソカク)し骨肉を離間し。一切和合其れに由(ヨッ)て破壞す。或は言(コトバ)を出すこと麁獷(ソコウ)にして他人を毀呰(キシ)し。呵叱(カシツ)情に任せ罵詈(メリ)口に在り。或は正言を以てせず。乃ち綺語(キゴ)を為し。善を説いて惡と為し。臭(クサキ)を以て香と為し。長を名づけて短と為し。白を説いて黑と為し。謬言詭語もて人を調弄す。或は志(ココロ)貪味に在って。求取に節ならず。性(ショウ)瞋忿多くして。恚怒自纏(イドジテン)す。或は正理を識らず邪見に迷惑し。佛法僧を謗り因果無しと説き。善を修して人天の樂を受くることを信ぜず。惡を為()さば地獄の苦を受くことを信ぜず。或は此の身無因にして得たりと謂ひ。或は未來斷にして因果無しと謂ひ。塔寺を毀壞(キエ)經典を焚燒(ボンショウ)し。佛像を融刮(ユウカツ)す金銅を取るを以て。伽藍を汚穢(オエ)す禁戒を違越(イエツ)して。或は酒を飲み肉を噉(クラ)い及び五辛を食(クラ)う。愚癡邪見にして惡として造らざるということ無し。凡(オヨ)そ此(ココ)に陳ぶる所の十種の惡業。自ら作り他に教え。作すを見て隨喜す。無始從り已來定んで斯の罪有らむ。罪の因縁を以て能く衆生をして地獄畜生餓鬼に墮せしむ。若し人間に生れては短命多病にして。常に卑賤に處し。及び貧窮なるを以て。人と共に財を有して自在なるを得ず。婦は良謹ならず。二妻相い諍い。多く謗毀(ホウキ)を被(コウ)むり。人に誑惑せられ。所有(アラユ)る眷屬弊惡破壞。好語に値(アワ)ず常に惡聲を聞く。凡(オヨ)そ陳ぶる所の説、常に諍訟(ソウショウ)有り。假(タト)へ真言を説くとも人信受せず。音辭を吐發すとも又辯正ならず。財を貪(ムサボ)りて厭()くこと無く、所求むる所を獲()ず。常に為他人に其の長短を伺(ウカガ)はれ。不善知識共に相い惱害し。常に邪見の家に生まれ。常に諂曲(テンゴク)の心を懐(イダ)かむ。無始已來の十不善業。皆な煩惱邪見に從て生ず。佛性正見の力に依て故(コトサラ)に。發露懺悔して。皆な除滅することを得。譬ば明珠の之を濁水に投ずるに珠の威德を以て水即ち澄清なるが如く。佛性の威德も亦復是の如し。諸の衆生四重五逆の煩惱の濁水に投ずるに皆な即ち澄清なり。弟子某甲(ソレガシ)及び一切の法界の衆生。今身自從(ヨリ)乃ち成佛に至るまで。願くは更に此等の諸罪を造らず。歸命と常住の三寶を敬禮したてまつる。
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