「法華経の題目を以て本尊とすべし」の意味

『本尊問答抄』の

「法華経の題目を以て本尊とすべし・・・此れは法華経の教主を本尊とす法華経の正意にはあらず、上に挙ぐる所の本尊は釈迦多宝十方の諸仏の御本尊法華経の行者の正意なり・・・釈尊と天台とは法華経を本尊と定め給へり、末代今の日蓮も仏と天台との如く法華経を以て本尊とするなり」

との文を証拠として、大石寺系では、「釈尊像や一尊四士像は本尊に成らない」と主張している。このような主張は誤りであることを少し指摘する。
 

『本尊問答抄』では、「法華経の題目を以て本尊とする」経証として、「法師品」の「薬王在在処処に若しは説き若しは読み若しは誦し若しは書き若しは経巻所住の処には皆応に七宝の塔を起てて極めて高広厳飾なら令むべし復舎利を安んずることを須いじ所以は何ん此の中には已に如来の全身有す」との、「経巻(法華経)=如来の全身」とする経文を経証にしている。

それから、天台大師の「法華経一部を安置し亦必ずしも形像舎利並びに余の経典を安くべからず唯法華経一部を置け」

との文を証拠として挙げている。法華経一部の題目が「法華経の題目」だから、「法華経一部を置け」とは「法華経の題目を以て本尊とする」との文証になるので天台大師の言葉を文証として挙げているのである。

故に、「本尊問答抄」で云っている「法華経の題目」とは、経巻二十八品法華経の題目の事である。
 

「本尊問答抄」に於いては、「法華経の題目を本尊とする」理由として、

「其の故は法華経は釈尊の父母、諸仏の眼目なり、釈迦・大日総じて十方の諸仏は法華経より出生し給へり故に今、能生を以て本尊とするなり」

と述べ、その経証として

「普賢経」の

「此の大乗経典は諸仏の宝蔵なり十方三世の諸仏の眼目なり三世の諸の如来を出生する種なり」

「此の方等経は是れ諸仏の眼なり諸仏は是に因つて五眼を具することを得たまえり仏の三種の身は方等より生ず是れ大法印にして涅槃海を印す此くの如き海中より能く三種の仏の清浄の身を生ず此の三種の身は人天の福田応供の中の最なり」

の文を引用している。

この経文に

「此の大乗経典は」「此の方等経は」と有る。普賢経は法華経の結経だから、「此の法華経は」と読んで良いわけである。

故に、

「釈尊の父母、諸仏の眼目」

「諸仏を出生し給へり(諸仏を生じさせた経)」

と云うところの法華経とは経巻(教法)としての法華経なのである。

つまり、

『本尊問答抄』に於いては、

1,「法華経乃至題目=如来の全身」である事。

2,経巻(教法)としての法華経が十方の諸仏を出生した能生の経であるから、所生の諸仏より優位に立つ。

との理由で「題目を本尊とすべし」と云っているのである。
 
『本尊問答抄』の冒頭部分に「法華経の題目を以て本尊とすべし」と結論を述べ、終わり部分に、本尊とし具体的に大曼荼羅本尊を挙げている。故に『本尊問答抄』に於いては、大曼荼羅中央の首題は法華経の題目であることが分かる。
「法華経の題目」とは、諸御書によれば、「法華経一部の肝心」
「法華経の心なり体」
「本門の肝心」
「釈尊の因行果徳」
と説明されている。
 
「木絵二像開眼之事」に
「色心不二なるがゆへに而二とあらはれて仏の御意あらはれて法華の文字となれり」(学469)
「四条金吾殿御返事」に
「釈迦仏と法華経の文字とはかはれども心は一つなり、然れば法華経の文字を拝見せさせ給うは生身の釈迦如来にあひ進らせたりとおぼしめすべし」(1122)
と、法華経は仏の意と有る。題目は「法華経一部の肝心・法華経の心なり体」であるから、大曼荼羅中央の首題は久成釈尊の心、言い換えれば久成釈尊を表していると云える。故に『本尊問答抄』は法・仏一如の上に「法華経の題目を以て本尊とすべし」と云っているので有って、決して「釈尊は本尊ではない」と語っている御書では無い。
故に文中に「仏は身なり法華経は神なり、然れば則ち木像画像の開眼供養は唯法華経にかぎるべし」と木像開眼を認めているのである。これは「木絵二像開眼之事」の「法華経を心法とさだめて三十一相の木絵の像に印すれば木絵二像の全体生身の仏なり」(469)と同じ立場である。
 
ある掲示板を閲覧していたら、大石寺系信徒が「大曼荼羅中央の首題は、事の一念三千の法体だ。釈尊の証悟などとは関係ない。釈尊を出現せしめた法体だ。事の一念三千の法体は、釈尊以前より存在していた法体で、釈尊の師である。日蓮大聖人は事の一念三千の法体そのものであるから日蓮大聖人が本仏である」と云うような意味不明な投稿をしていた。
察するところ、その大石寺系信徒は、『諸法実相抄』冒頭部分の
「地獄より上仏界までの十界の依正の当体悉く一法ものこさず妙法蓮華経のすがたなり(中略)されば法界のすがた妙法蓮華経の五字にかはる事なし、釈迦多宝の二仏と云うも妙法等の五字より用の利益を施し給ふ時事相に二仏と顕れて宝塔の中にしてうなづき合い給ふ、」
との文と、『当体義鈔』の
「至理は名無し、聖人理を観じて、万物に名を付くる時因果倶時不思議の一法之れ有り、之を名けて妙法蓮華と為す、此の妙法蓮華の一法に十界三千の諸法を具足して闕減無し、(中略)聖人此の法を師と為して修行覚道し給えば、妙因妙果倶時に感得し給うが故に妙覚果満の如来と成り給いしなり、」
との文を不正解釈し、意味不明な主張をしているようだ。
 
 
『諸法実相抄』の冒頭部分の趣旨は、
十界のそれぞれは、十界互具の存在であるから、意思行為の有り方いかんで地獄の依正を現出したり、仏の依正を現出しているのである。それぞれ別の依正(身土)に分かれていても、十界互具の当体で有る事は変わりない。十如十界互具と云う因果倶時の実相を表現すれば妙法蓮華経であるから、十界(法界)は妙法蓮華経そのものだと言える。そこのところを「されば法界のすがた妙法蓮華経の五字にかはる事なし」と表現しているのである。
釈迦多宝も十界互具の当体であって、元々、仏の体を所具しているから、本因行によって用(仏の働き)を顕す事が出来たのである。そこの処を「釈迦多宝の二仏と云うも妙法等の五字より用の利益を施し給ふ時事相に二仏と顕れて宝塔の中にしてうなづき合い給ふ」と表現しているのである。
 
釈尊も我々衆生も同じく十界互具の体であるが、釈尊は所具の仏界を全顕しているところの根本教主であり、凡夫は、仏界を所具しているものの仏の用(働き)をまだ顕せないでいる状態である。
そこで、仏性顕現の力用、釈尊の智徳を譲り受ける成仏法である妙法五字の末法弘通を、上行等の本化菩薩に命じているのである。そこのところを「末法の始の五百年に出現して法体の妙法蓮華経の五字を弘め給うのみならず、」と表現しているのである。また、上行菩薩等に成仏法の妙法五字を付属している虚空会の儀式を基に大曼荼羅御本尊を図顕されたから「宝塔の中の二仏並座の儀式を作り顕す」と記されているのである。
 
虚空会の儀式に於いて説き付属された妙法五字は、単なる十界互具一念三千の実相ではなく、成仏法(乗法)としての妙法五字なのである。
故に大曼荼羅中央の題目は、成仏法としての妙法五字なのである。
虚空会の儀式に於いては、宝塔中の久成釈尊が、成仏法としての妙法五字を説き、上行菩薩等に末法弘通を命じた根本教主である。
 
「宝塔の中の二仏並座の儀式を作り顕」した所の大曼荼羅御本尊を拝しながら、二仏並座虚空会の儀式を考慮しないで「久成釈尊は根本教主(本仏)で無い。大曼荼羅中央の『南無妙法蓮華経日蓮』が本仏だ」とも主張する大石寺系信徒は、二仏並座虚空会の儀式がいかなるものかをよくよく考えるべきである。
 
「観心本尊抄」には、四十五字法体段(本尊段)に、
「今本時の娑婆世界は三災を離れ四劫を出でたる常住の浄土なり、(中略)此即ち己心三千具足三種の世間なり」とあるが、これは
久成釈尊の境界(身土)則ち久成釈尊の一念三千の世界は、三災を離れ、四劫を出でたる常住の浄土であることを語っている。
すなわち久成釈尊の覚証の身土、即ち本門事の一念三千の世界を表現しているのが大曼荼羅の儀相なのである。
 
田中応舟著『遺文講座観心本尊抄』に、この四十五字法体段について、
【この文はまず「本時の娑婆世界は」……がその主語である。我々が四苦八苦しているこの娑婆世界の一角、法華経の説処インドの霊鷲山において説かれた法華経本門寿量品の妙教によって、この娑婆世界に即して(そのままこの世界をふんまえて)、その上に展開された霊的仏国土たる本時の娑婆世界(法華経宝塔品より事起って、涌出品、寿量品において完全に顕現された霊的浄土)は、……が主格をなしている。この点をまずしっかり腹に入れるべきだ。この本時の世界すなわち無始久遠以来寿量品の本仏釈尊の実在常住ましますその寂光浄土は、三災からも四劫からも超越した──全く無常流転の無い──常住不変の浄土なのである。国土が実在不変であれば、それに住する仏もまた常住実在であることは当然すぎるくらい当然の理だ。(中略)いま寿量品に展開されている「まことの一念三千」の内容である三世間中の国土世間は、(中略)寿量品の本仏釈尊、絶対尊高なる大人格者の実在居住したもう美つくし善つくせる霊妙な国土なのである。我々凡夫が感受しているようなこんな物質的、変遷無常の国土ではない。本仏釈尊の絶対尊高の果報として本仏とともに実在する寿量品の『我此土安穏、天人常充満』の常寂光浄土のことである。この国土浄土の問題がよく信解されずしては、到底この四十五字法体段が了解できるはずがない。】(269~271頁)
と、大曼荼羅御本尊は、久成釈尊の身土、則ち常寂光浄土の全容を表しているものだと述べている。
こうした意義を示している大曼荼羅御本尊を礼拝しながら、「久成釈尊は脱仏。本尊ではない」などと主張しているのが大石寺系信徒である。

目次に戻る